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SF『クワント(КВАНТ)』


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◎  3.地球旅行編/22.不眠 

 

ボドとカーンティの父娘おやこ、サーラ航海長が帰ってきた。

翌朝降下するヴィタが格納庫で、無重力に浮かび作業を眺めている。明日の艇長を務める機関長マーイが、入念に2号艇を点検中。1号艇救援に備えて、すでに降下準備は終わっていたのだが、「点検に終わりはないのよ」ということらしい。

不眠1
一方帰還したばかりの1号艇は、乗ってきたサーラが整備を始めている。真っ先に始めたのは外壁の点検で、ツナギを着て壁に取り付き、顔を近づけ傷にチョークで印を付けている。手袋を脱いで撫で、気になった箇所は光学機器で覗いている。

「点検装置とか、無いのかしら。」とヴィタがつぶやく。
「もちろん、ありますよ。」
「!」声が聞こえてヴィタはビックリした。

「あら、ごめんなさい」

とロクデナシ号の船体AI、イチゴ1号が謝った。彼女は、言わばこの船を義体とするAIで、船内の全ての声が聞こえ、全ての場所で声を出せる。すでに船長ロミの案内で、1号と引き合わされていたヴィタ。対話で、彼女の機能を知ってはいた。

「こちらこそごめんなさいイチゴーさん。」
ヴィタはロミ船長にならって、イチゴ1号を「イチゴー」さんと呼ぶ。
「あるならどうしてサーラさんは、あんな手間なことを?」

「それはサーラ航海長が、意志を持ったAIだからです。」
「?…あ、1号艇はサーラさん専用?」
「いいえ違います。任務次第で、士官誰もがどのボートにも乗ります。」

「次に乗る人を、気にしてる、ってことかな?」

不眠2
「その通りです。マシンは与えられた判断基準数値で、たとえば外壁の傷を、マルバツでしか判断できません。でも人間やAIは自分や誰かを気にして、マシンが基準内でマルにしてしまっても、気になればバツをつけることができます。」

「無駄かも知れないのに?」
「そうです。ほとんどは、無駄です。でもマシンに与えたバツの基準値も、その数値からこぼれる欠陥があります。数値は100%ではありませんから。」

「大したことにはならないんじゃ?」
「それで大事故になった例はいくらでもあります。だから、事故を起こしたくない、好きな人を失いたくない意志のある者が、点検する方が安全なのです。」

「それじゃあイヤな奴が乗るなら手抜きとか、気分が悪くて見逃すとかは?」

「そのためにマシンがあるのです。サーラ航海長は点検を終えたら、マシンにもチェックさせますし、サーラ航海長とマシンが両方ともチェックしたことを、今度は船長がチェックします。」

「船長さんが見逃したら?」「…。」
イチゴーはやや間を置いた。AIに船長を疑う、という思考回路はない。
「--私が見ています。」

「ねえイチゴーさん、気に障ったらごめんなさい。私もAIだから、見逃すことはいっぱいある。だから聞きます、イチゴーさんが見逃したらどうなるの?」
「事故が起こる、かも知れません。起こらないかも、知れません。」
不眠3

「そっか…そうだよね。」

ヴィタは思った。私は船長が好きだ。じゃサーラは? もちろん好きだ。桃源も彗星も、その誰もが好きだ。カーラとワーレは怖いけど、好きだ。イチゴーも好きだ。では私が好きになったら、相手は好きになり返してくれるのだろうか?

そうでもない、と姉のアルファから受け継いだ記憶が言う。それは図書館にあるような、どこに出しても問題ない記憶だけではない。アルファを作ったラオの、うめくような記憶も混じっている。それを検索したことで、ヴィタもうめいた。

「私、怖い。」「…。」
「星を焼いたモレクみたいな奴も、居る。」
「…では、人を好きになるのをやめますか?」

足を抱きうつむいていたヴィタは、顔を上げた。

「ううん。だって人を好きになると気持ちいいんだもん。」
「そうですね。気持ちいいですね。」
「ヴィタちゃ~ん。」

2号艇の点検をしていたマーイが、遠くから呼びかけた。
「--明日は早いのよ~。お風呂にでも入って、早く寝なさ~い。」
「は~い。」

ヴィタは体を伸ばした。少なくとも、桃源や彗星のみんなは、私を好きでいてくれる。あ、カーラとワーレは? でもワーレはおししい料理を食べさせてくれる。カーラはたった独りで、モレクと戦い、私を守ってくれた。

「ありがとう、イチゴーさん。」ヴィタは格納庫をあとにした。
不眠4

***

ヴィタは自室に帰った。自室と言っても、個室ではない。

船長は個室を割り当ててくれたが、毎日部屋を整えに来るロボットを見ているうちに、どちらが言い出すでもなく、ガマと同居することにした。「エネルギーもバリオンも、無限ではない」と言ったアルファーのお説教を、思い出しもした。

ベッドでは、ガマがもう寝ていた。寝付きのいいガマは、寝相が悪い。毛布をずらし、乱れたパジャマに腕を突っ込み、ボリボリかいてもいる。ヴィタは毛布を掛け直してやり、別の毛布を持ってソファーへ。小柄なヴィタには十分な大きさ。

灯りを消して、目を閉じた。だが全然眠れない。ふとマーイの言葉を思い出し、(そうだお風呂行こう)と思い立った。タオルと替えの下着を持って浴室に向かい、ドアを開けようとすると、後ろから怒鳴りながら歩いてくる声が聞こえる。

「何度見せれば分かるのだ。あれでは焦がして当然だろう!」

「タンパク質の変成温度は知っている。だが司厨長と同じ温度と時間だった。」
「バカか貴様は! 下に水を引いてあるのだ!」
「なぜそんな、エネルギーの無駄をする。」

ジャージ姿のワーレとカーラが、洗面器を抱えてこちらにやってくる。
「ふっくらさせるにはそれがいいんだ!」
「ふっくらとは、どのような数値の範囲か。」
不眠5

「だから見て覚えろと言ったのだ。だいたい何だ、上司にその口の利き方は!」
「ここは厨房ではない。お前は、厨房では部下、と言ったはずだが。」
ヴィタはどこかに隠れようと、きょろきょろ見回した。

だが浴室入り口は男湯女湯が左右に分かれ、あいにく吹き抜け。

「ヴィタではないか。」カーラに見つかる。
「--お前も、お風呂に行くのか。」
「…え、ええ。違うの。今出てきた所なの。」

「それにしては髪に水分がないようだが。」とワーレ。
ギロ、とこちらを見ている。
「そそそうね、出てきたんじゃないわ。」

「言っていることが怪しいな。何を企んでいる。」
「なななんでも、ないわ。」逃げようとするヴィタ。
「話を聞こうか。保安担当として看過できん。」

襟をつかまれ、子犬のようにワーレに持ち上げられてしまった。

「何をする。何でもないと言っているではないか。」
ワーレからヴィタを奪い取るカーラ。ただしぶら下げたまま。
「ほう。貴様は任務を妨害するのか。」

「任務ならば、ヴィタは乗客だろう。実力行使は禁止ではないか。」
「うむ。貴様の言う通りだ。」ワーレはヴィタに、顔を寄せる。
「失礼致しました、お客様。お許し下さい。私の処罰は船長に報…。」

不眠6
「そう言えば、ヴィタも候補生に任命されたのだったな。」とカーラ。
「…告する前に、やはり尋問の必要があるな。」ニイ。ワーレの犬歯が見える。
ワーレは笑顔を作っているつもり。

だが武技を知らないヴィタには、獲物を前にしたヒョウ。「ええええええ!」

***

ヴィタは結局尋問されなかった。

「お前はいいことを言う。だがその言い方が気に食わん」とワーレが言い出し、カーラに詰め寄ったから。勢いでカーラの手から解放されたヴィタは、一目散に逃げ出し個室区画に戻った。イチゴーさんは今のも見てたのかしら、と思い立ち。

ラオの個室をノックした。
「誰だい?」「ヴィタです、先生。」
「どうぞ。お入り。」

「お邪魔します。」
ラオはデスクの前の肘掛け椅子にいた。
デスク上にはウインドウのホログラムが何枚も立ち上がっている。

「どうしたんだい? ヴィタ。」

不眠7
「先生、イチゴ1号さんのことですが。」「ああ。」
「確かクワントって、生身に近い義体でないと人格を崩すのでは。」
「普通はそうだね。でも君たちAIは、身体を持って生まれるわけじゃない。」

「ええ。」「だから、マシンや船を義体に出来なくはないよ。」
「ああ、そう言えばアルファ姉さんもそうでしたっけ。」
「アルファは違うよ。マシンが義体だったんじゃなくて、制御してただけ。」

「そうなんですか。じゃあイチゴーさんって、珍しい例でしょうか。」
「そう言えるね。AIはね、作成者次第で、ずいぶん能力や個性が違ってくる。ここまで船と一体化したAIは、私にはとうてい、作れないだろうね。」

「船長さんだからできる…。」

「うん。まずロミ船長はね、ああやってガラッパチにしゃべってるけど、とても知性の高い人だよ。」
「それは、そう思います。」うんうんと首を縦に振る。

「その上に経験と、実績。でもね、それだけじゃ、1号さんは生み出せないだろうね。」「何が必要なんでしょう。」
「たぶん、だけど、失敗とそこからの這い上がり。」

「挫折って事ですか?」
「そう。船について、船員について、お客や荷物、荷主や港の人たちのこと。いい話ばかりじゃなかったはずだ。」「はい。」
不眠8

「もう船乗りをやめようと思うほど、つらい思いもしたはずだよ。」

ヴィタははっと気付いた。ラオのうめくような記憶を検索したことを。
「…。」
「どうしたんだいヴィタ。」

「先生は、先生のつらい記憶も、消さないで私たちに…。」
「うん、そうだったね。」
ラオは右手の人差し指と中指を揃えて、スッと振って机上のウインドウを消した。

立ち上がってソファーに座り、隣をぽんぽんと叩いてヴィタに言った。
「ここへおいで、ヴィタ。」「はい。」
「不安なんだね、いろいろと。」「はい。」

「そうだろうね。」

ラオはヴィタと、額を合わせた。そうしてクワントが高ぶっているのをチェックすると、頭を抱いてやり背をさすってやる。
「私も不安さ、ヴィタ。でも君たちと一緒なら、何とかやっていける。」

区画の回転に合わせて、背の窓の星が飛ぶ。しばらくしてヴィタは眠ってしまった。ラオは抱きかかえてベッドに寝かせてやる。灯りを消しデスク回りだけ照らし、仕事を再開しようと思った。だがスヤスヤと寝ているヴィタを見て。

予備の毛布を持ってソファーに寝転んだ。
「「おやすみ、ヴィタ(ちゃん)。」」ラオとイチゴーの声が重なる。
船はこの間にも活動している。みながわずかずつ、事故の可能性を減らしている。
不眠9

ソファーは、ラオが寝るには、やや小さい。

後書き


人間がどんなに騒ごうが、地球は回りやすし山も火を噴くんでさあ。か細い可能性の中で、あたしぁ生きておりやす。相手が人間でも、騒げば言うことを聞いて貰えるのは、赤ちゃんまででやしょうねい。
不眠10

作者九去堂敬白。

参考動画




御礼


ありがとうございました。私はあなたを忘れません。
Arigatogozaimashita. Thank you. I remember you.
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引用歌詞「人生劇場」:
佐藤惣之助(1942没)


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