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SF『クワント(КВАНТ)』


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◎  3.地球旅行編/25.千慮 

 

司厨長ワーレ、戦闘AIカーラ、候補生ゼルタが、帰還した。
千慮1

一行は地球のサンプルを、大量に積んで上がってきた。いつまでたってもシンクロをやめない戦闘狂に、ゼルタが結わえられていた太いロープを、素手でぶち切って怒鳴ったらしい。「ええ加減にしろやあ! 手前ェらあ!!」

剣幕に押されてすごすごと、戦闘狂二人はタマゴに上がった。その後ゼルタの言うまま、浅い海の底から石を拾ったり、勢い余ってもぎ取ったり、海水や大気、生物のサンプル採集に協力した。それでもゼルタの怒りは収まらなかったらしく。

「早う出せやあ。艇長さんよお。」「へい! アネさん。」
「てめえもボサッとしてねえで、さっさとシーケンス入れろやあ!」
「へい! 姐さん。」

発進時、ゼルタはリアクターのコンソールに取り付いてそう怒鳴った。

応じる戦闘AIのカーラは、その気になれば惑星ごと焼き潰せるのだが。これでゼルタは戦闘狂二人をシメたと思いきや、加速に体が付いていかず「あわわわ」となり、ぐったりして本船に回収された時には、義体のはずが泡を吹いていた。

捕まった宇宙人のように、艇から降りたゼルタ。もちろん、この間の発声は全て記録されている。一行の行程を後追いチェックしていた、船長ロミがブリッジで笑い出し、何事かと入ってきたラオとアルファーも爆笑した。
千慮2

その後ゼルタはロミに呼び出され、「早う出せ」はいかん、と叱られた。
「だがまあ、あたしの口調をキチンと真似できたのは、てえしたもんだ。それに免じてお目こぼしだあ。今後から、気ィつけなくっちゃあ、いけねえヨ。」

「…はい。」

「それにしてもこのサンプル量、大したものです。」と入ってきたボド。
「ありがとうございます、先生。」
「私が取ってくるつもりでいたんだ。」とラオ。

「--お陰で明日からの降下に余裕が出来たよ。」
心からゼルタに感謝した。ラオといえども、降下に不安がないわけではない。同行するアルファーの安全を考えれば、より一層そうだった。

一方、’大人’三人に褒められたゼルタは元気を取り戻す。ロミの口調は柔らかでも、叱られた、となれば誰でも恥ずかしいし、自分に腹が立つ。だが褒められればその気分もぬぐわれて、ボースンのもとへ訓練に。それを見送るラオ。

(笑ってこれで、僕も緊張が解けた。いい子だよ、ゼルタ。)

***

自室。ラオは頭で降下をシミュレートしていた。

出航後、ラオが缶詰めになっていたのは、降下について調べに調べ、疑似空間で訓練していたから。無事の確率をコンマ1ポイント上げることに、ラオは飽きない性分。だがそれが、無駄となる時にはなると、当たり前の事実を受け入れてもいた。

出来るだけのことをして帰還率を99.99%に上げようとも、それは帰還という解を与える項に過ぎないから。不意にガンマ線バーストを浴びたなら、99.99に0.01がかけ算されたりする。ガンマ線は電磁波で、光速だから事前に決して分からない。
千慮3

無論、超新星爆発してバーストを浴びせるような星が無いか、観測はとうに終えている。だが天空の星は遠く、すでに膨れて爆発して、今ガンマ線が向かっている最中かもしれない。しかもこの宇宙は軽く膨れやすく、寿命が短く時が早く進む。

人間にはどうにもならないこと。

だからどうにか出来ることを全て終えておこうと、ラオもまたロミに頼み、船体AIイチゴーへのアクセス権を貰った。それは特別権限で、書き込みは出来ないが、イチゴーの全ての領域に、ラオは直接アクセスできた。一見、候補生と同じ権限。

ヴィタたち候補生は、何をイチゴーに聞いても答えて貰える。だがラオは、イチゴーに聞く必要もない。候補生にはイチゴーの判断次第で、知りえない情報がありうるが、ラオは自分でデータベースを検索できる。イチゴーのエゴさえ見えた。

イチゴーが何を見せたくないのか、どうしてそうなのか、それらも手に取るようにわかる。そうしてイチゴーとのアクセスを繰り返していき、ラオはロミの人格と過去を知り、賛嘆の思いを禁じ得なかった。

(ここまで…。)

イチゴーの持つ情報は、各分野の百科全書、歴史、ロミの人生史、船に関する情報だけではなかった。それならラオでも、専門は違うが持っている。だがロミはそれで食えるほど、例えば登山、漁業、生け花など、多くの知識と経験があった。

千慮4
一体どんな人生を歩めば、ここまで幅広くなれるのだろう。学問と技術の世界しか歩んでこなかったラオには、とうてい及ばない。それに幅が広いとは、それだけ挫折した、ということでもある。その事実をロミは隠しも嘆きもしていない。

ここまで世間から手ひどい目に遭えば、普通はひねくれるかサディストになる。だが実際のロミはその反対で、こうしてアクセス権を与えてくれたことが、その証拠の一つ。隠す必要を感じないほど、自分に自信を持っていると言い換えてもいい。

(僕がまだデータベースを公開できないのは、自信がないからだろうな…。)

ラオもまた自分のAIたちに、隠すことなく人生史を明かした。そのつもりだったが、何枚も上のロミのデータベースを見て、思い上がっていたと気が付いた。第一、一番身近なアルファーにすら、イチゴーほどに教えていないではないか。

「それが私の、最初で最後の、ただ一度だけのおねだりです。」
前宇宙に残してきてしまったアルファの言葉が蘇り、ラオは目を覆った。
(教える? そうだ教える=教わるだった。)

ロミは長い時間を掛けて、ロミもまたイチゴーを知ろうと務めただろう。自分はアルファーを、知ろうとしてきただろうか? 知ろうとしてきたなら、なぜアルファーを泣かせたのだ? 彼女の我慢強さに、ただ乗りはしてこなかったか?

「アルファーを、知ろう。」

***

降下機が発進位置へ移動していく。

操縦席は並んで二人がけ。ラオの左隣にはアルファーがいる。前方スクリーンを見ていたラオは、アルファーの右手が自分の左ももに置かれるのを感じた。視線を向けると、ヘルメットの中のアルファーは、じっと前を見たままでいる。
千慮5

ラオはスクリーンに視線を戻し、左手をアルファーの手に重ねた。驚いたアルファーが今自分を見たことに、ラオは気付いている。応じて手をさすってやり、操作のため左手を戻した。コンソール盤に指示の図形を描いていく。

「行こう、アルファー。」
ラオは普段使っていない、電磁波での声を発した。音波を発する口の動きは、よどみなく降下機の確認を続けている。

ラオは自分が持つ9つのエゴを、全て起動させていた。

その一つは常にアルファーを、見守ることに専念させた。
「ええ、先生。」アルファーも電磁波で応じた。
アルファーもまた計器を監視し、ラオの補助を務めている。

目標は深度3000mの深い海。この時地球に陸はない。浅い場所がところどころあるだけ。だがその中でもとりわけ深く、凪いだ地点を着水点に選んだ。パラシュートが開かない事もある。それでも水の抵抗で激突は防げる。

降下という筋書きの一つ一つで、選ぶことを人は許されている。許したのは賭博常習者の摂理だが、それでも選ぶ自由を渡してなるものか。相手は摂理、必敗の戦いだろうとも。最後のワイヤが離れた。操作すべきことは体が覚えている。

なめらかに本船を離れ高度を落とし、大気の最上層に艇を触れさせる。

やがて灼熱が艇を包み、プラズマが窓の外に舞う。クワント単体だろうと破壊される温度。だがラオに迷いはない。着水までの20分足らず、ラオとアルファーは無言でいた。窓の外が黒から紫へ、時折青と黒とそのホライゾンラインへ。
千慮6

それがまた群青から空色に変わって、するするとパラシュートの引き綱が飛び出し、やがて銀色の傘がパンと開いた。減速を感じるラオとアルファー。再びアルファーの手が置かれた。ラオもまた手を重ね、そっと包み込んでやる。

着水して海没したタマゴが再び浮かび、ごろんと海面に横たわる。アルファーが海水の取込弁を開いた。タマゴはゆっくり起き上がる。
「無事降りたね、アルファー。」「降りましたね、先生。」

ベルトを外して席を立つ。ロッカールームで各自着替えた。

ラオは短パンTシャツという軽装。ただしサングラスを掛けている。酸素がないからオゾン層もなく、紫外線は強烈。アルファーもまた掛けていたが、その身にワンピースの水着をまとっていた。さらに軽いブルゾンを羽織っている。

片手には救命胴衣を下げていた。ラオはそれを見てニコリと笑った。アルファーも応じてニコリと笑った。ハッチへと続くはしごをよじ登る。登り切った場所は潜水艦で言えば司令塔。窓の装甲を開いて外を見る。

緑色の海面に、青い空がガラス越しに見える。凪だがその海面は、太陽の光を受けてキラキラ輝いている。
「きれいだね、アルファー。」
千慮7

「きれいですね、先生。」

アルファーが微笑みラオも笑む。気圧均等化の弁を開けた。シューと音が響き艇内気圧が下がる。二人は鼻をつまんで口を開ける。義体の鼓膜は丈夫だが、耳抜きをしないと不快になる。間抜けな顔で見つめ合う二人。笑うに笑えぬ我慢比べ。

空気の抜ける音が止んだ。待ちかねたように二人は笑う。
「あはははは」
「うふふふふ」

笑いのスジに触れたのか、アルファーが床を転げ回って笑い出した。ラオも壁に体を預けてはははと笑った。ひとしきりそうして時を過ごした後、環境の最終チェックを二人は行う。

「窒素ばっかりだねアルファー。」

「海水のミネラル濃度も高いです。」
「青い空、青い海、ではあっても、澄んだ水、というわけには行かないね。」
「潜ってみたい気もしますけど。」
千慮8

「危ないから海面パシャパシャでよしておこうよ。」
「そうですね。そうしましょう。」
「では先に行きますね。」

アルファーがハッチのハンドルを、片手で回した。生身なら屈強な潜水艦乗りも両手で回す。だが義体の出力なら片手で十分。ロックを解除し蓋を押し上げる。だがパッキンが食い込んだのか硬くて開かない。ハッチには良くあること。

「えい。えい。硬いですね-。」

両手でハッチに力を込めるアルファー。だがそれでも開かない。
「--えい、これでどうだ!」ドスンとハッチを義体出力で叩いた。
その瞬間。

......アルファーは両手が使えるよう、救命胴衣を床に置いた。無意識の行動には、後先あとさきへの配慮はない。だから見ている者も、どんなに危険か気付かない。剣の達人が無意識に抜刀し、敵はそれに気付きもしないまま斬られるように......。

噴き出た空気にアルファーは、跳ね上げられて艇外へ。救命胴衣は床のまま。そしてアルファーは浮かべず、泳げない。下は深度3000mの海の底。血相を変えたラオはハッチに突進。外に出ればアルファーの姿はない。水面みなもに泡が立つばかり。
千慮9

「アルファー!!」

後書き


千慮10
帝国海軍の潜水艦乗りさんの手記を読むと、気圧を合わせたつもりでも、そういう事故はあったそうで。突然開いたハッチに胸を強く打ち、殉職なすった水兵さんもおいでだったようでございやす。

宇宙も海中も、人が生きるべきでない環境に挑むてえのは、大変なんでございやすねえ。

作者九去堂敬白。

参考動画




御礼


ありがとうございました。私はあなたを忘れません。
トーン拝借:
時深彼方@ILMA コミPo!データWiki


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