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SF『クワント(КВАНТ)』


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◎  4.木星往還編/36.展覧 

 

バチッ。火花が飛び、ミルヒ・クー号の計器が一つ、破損した。
展覧1

グググ、ゴガガ。船体がきしむ。サーラ船長率いる全長20kmのクジラは、長い楕円軌道をとって木星に接近していた。楕円の尖りを回り、加速を付けて突入しないと、重力に捕らえられて船は破砕され、二度と帰ることが出来なくなる。

かといって、速すぎても木星から遠ざかってしまう。秒速約40kmから60kmの間を維持しつつ、大気の最上層をすり抜けながら吸い取らなければならない。その高度も高すぎれば吸える大気が少なく、低すぎれば摩擦で船が燃え尽きる。

燃えなくても速度を削られ、あっという間に木星へと真っ逆さま。途方もない事前の計画と、その場での観測と演算、神業的な操船技術が要る。重力に船がきしみ始めた音を聞いて、ガマとカーラは、この任務がいかに困難かを痛感していた。

「各員へ。さあピンポンダッシュの始まりだ。」ブリッジのサーラが言った。

「--おやじが出てくる前に、かっさらって逃げるぞ。気を引き締めろ!」
全船内に放送が響く。ロボット乗組員は動じず「了解」と言っただけだが、ガマはこの軽口が、自分とカーラの気をほぐすためだと理解した。

展覧2
もう一人、イチゴ2号もいる。最も恐怖を感じるべきは、ニゴーだったかもしれない。特殊クリスタルをボドから貰った義体AI三人と違い、クリスタルが巨大なニゴーは、船にもしもの事があれば、そのまま運命を共にするしかない。

(どうして、ニゴーさんにもこのクリスタル、作ってあげなかったのかな…。)
サファイアブルーのクリスタルを握りしめて、ガマは思った。素材が希少なのか、それともコピーしたばかりのニゴーに、ボドが愛着を持たなかったのか。

後者だとガマは思いたくはない。ボドが冷たい人だとも、思いたくなかった。

(これもきっと、命の選択(トリアージなのね…。)
だがガマには、感慨にふけっている時間はない。ここは機関室で、何体ものロボット乗員が、コンソールや機関にとりついている。自分はそれを指揮する立場。

「おい機関室! 返事がないぞ!」不安を見透かされたかのようなサーラの叱咤しった
「あ、はい!」叱咤もまた自分を励ますためだと、ガマは分かっている。
「機関室、異常ありません。機関、出力定格+25%まで出せます!」
展覧3

「よし。それを維持しろ。そして0.1%でも上げるよう努力しろ。では行くぞ!」
船は木星の極軸を通過する軌道を取る。磁力を持つ天体は、目に見えない、ドーナツ状の磁力の輪を持つ。内部は高エネルギー粒子が飛び回っている。

木星の強烈な磁力で、内に入れば船を砕かれかねない。

だが見えない磁力の輪の方はあまりに太い。だから全く突っ切らないわけにもいかない。その時間と距離を最低限にし、しかも大気をかすめて逃げるだけの加速を付ける必要もある。船長サーラに許された進路には、ほとんど選択肢がない。

つまり予定進路を外れれば船が沈む。磁力粒子が衝突し始めたミルヒ・クー号の表面は、薄い光で覆われた。その影響で計器はめちゃくちゃな数値を示す。船外を観測して補正しなければならない。補正値を誤れば進路を外れる。

その観測をカーラが担っていた。彼女はサーラの隣で、黙々と観測を続けている。磁力、相対速度、大気圧など、それぞれを担当するロボット観測員を従えている。ロボットたちとリンクした戦闘AIカーラの演算力は、ガマたちに劣らない。
展覧4

ゴゴ…ゴゴゴ…。船がやや傾いた。

あまたある木星の衛星の一つが、近づいている。衝突は避けねばならないし、引き寄せられて進路を外れてもおしまいになる。サーラが舵を切って進路を戻す。しかしまた引き寄せられて傾いた。これを繰り返して船は蛇行する。

サーラたちも、木星の全ての衛星を観測し終えてはいない。不意に近づく微細な衛星でも、船にとっては砲弾となる。しかも大きく舵を切って避けることも出来ない。もし装甲を貫くほどの衛星が近づいて、大きく転舵をしたならば。

つまり採集は失敗。船は助かるが、コースは取り直し。しかも目標採集量を満たすには、これを何度も繰り返さねばならない。船は楕円軌道を約一日で一周する。ロボット乗員は無論、AIたちにも任務中の休みはほとんど取れない。

操船中のサーラは不眠不休。そこへ大きく船が突き上げられた。

大気の層に触れたらしい。下は一面の木星の雲。サーラがコンソール盤の上に図形を描く。クジラが口を開け始めた。ガガガガガ、と船が大きく揺さぶられる。ベルトの締めが緩かったロボット乗員が吹き飛び、壁にぶつかり動かなくなる。

サーラはそれを見返す余裕もない。薄い大気を吸ったクジラは、腹の中で圧縮する。液化された水素は球状のタンクに溜まる。ガマは今、その進捗を監視している。その作業を本来担当していたロボットは、もう動かない。

クジラの頭と腹が熱を帯びた。すさまじい勢いで大気にこすられる。熱は塗装と装甲で遮蔽されるが、いずれそれを溶かすだろう。ガマは冷却素子の能率を上げる。0.1%の可能性の寄せ集め。内外とも激しく揺さぶられるミルヒ・クー号。

AIたちの苦闘が続く。
展覧5

***

桃源とイチゴ彗星は、準惑星セレスを回る衛星となった。

直径千km弱のセレスは、ほぼ球形。ロミはラオが完成させた鉱業小惑星トンテンと、工業小惑星カンテンを着地させた。大気もなく重力も弱いため、地球に降下させるのよりははるかに楽。今あと一つの小惑星、キララを着地させつつある。

キララはリアクター設置のエネルギープラント。もともとラオは、カンテンに工業とエネルギー機能を兼ねさせ、楽をするつもりでいた。それを聞いたレナ。
「あなた、バカなの? ユニットは兼用させるとあとあと困るわ。」

効率化とずぼらは違うのだと。こうして出来たプラント三つは、一つ間違えば大事故になる。しかもここは小惑星帯、よく隕石が飛んでくる。だが移動式ユニットだから、飛んで避けてしまえばいい。ただ、そのためには観測が重要。

約9時間で自転するセレスの軌道上。イチゴ彗星は観測衛星を吐き出した。

こうした計画は、イチゴ1号が作った。ラオ・ロミ・レナはそれぞれの分野で働きづめ。比較的全体を見ているのはボドだが、彼は自分と一同がどうあるべきか、あるためにはどうするか、の思索に忙しい。だからイチゴーに感謝していた。

「重荷を担いで貰っています、1号さん。」
「いえ先生。2号さんとサーラ船長たちが、帰る港を守るためですわ。」
巨大なリアクター、キララはまだ稼働できない。サーラたちが帰るまで。

彼女たちと、持ち帰る水素を、一同は心待ちにしていた。日照りにタンクの水が減るのを眺めるような気持ち。ラオたちはちまちまとエネルギーを使い、ひねり出したそれで、まず太陽電池パネルと設置ロボットを、カンテンに生産させた。
展覧6

「「「早く、帰って来ないかな。」」」

***

「暇だねい。」

ロミがそう言って、桃源の客間でお茶をすすった。セレス表面ではロボットたちが、あくせく働いてはいるが、エネルギーがない以上、今は休んでいるしかない。一方ヴィタとゼルタは気が気でないのか、農園で働き気を紛らわせている。

ぷかあ。アルファーがいないのを幸い、レナはタバコをくゆらせている。ロミは別段、煙たがらない。レナがくわえているのは細身の葉巻で、栽培も巻きも自分でしている。収穫し干してから一旦酒に漬け、干しては乾かすを繰り返す。

それがうまさの秘訣という。客間からはアルファーが育てた桃の木が見える。そのアルファーは意識を取り戻したが、まだ働ける状態にはなく自室で静養している。だがその分手が空いたレナは、サーラに渡した検診棒を量産し、みなに配った。

「桃の花が、咲いたねい。」これで実を付けてくれるだろう。

「船長。」とレナ。ぷかあ。ふー。
「なんでごぜえやしょう。」
「ラオの怠惰もたいがいだけど、あなたも相当のものだわね。」
展覧7

「へっへっへ。出来のええ部下ぁ育てた、ご褒美でございやしょう。」
「そうゆうこと言ってて、病気の所を押し込められて、餓死させられた殿様もいたのよ?」

姜小白チャンシャオパイ、と言ったかなと、ロミは自分の記憶を検索し当てた。
「博士もてえげえのもんで、ございやしょう?」
「フーッ。私?」とレナはまた煙を吐き出した。

「--私はまあ、頭で今も仕事してるわ。」

「よそ様にゃあ、見えねえですねい。」
やるわね、と言った目でレナはロミを見た。
「船長。」「へえ。」

「私ね、見せる見られるに飽きちゃったんだわ。」「そうですかい。」
「人間が出来ようが摂理に殺されようが、どうでもよかったんだわ。」
「へえ。」

「見られて喜ばれる、それしか欲しくなかったんだわ。」「へえ。」
「辺境探索に出かけたのも、多分それね。」
レナはルルチームの一員として、世間の大喝采を受け、捨てて探索に出た。

「--有象無象が何兆人私を讃えようと、ぜーんぜん嬉しくなかったわ。」

「そんなもんでごぜえやすかい。」
挫折ばかりの人生だったロミには、レナの気持ちは想像するしかない。
「あなた大したもんね。ロミ。」葉巻を灰皿に押しつけてレナは言った。
展覧8


「そうでやすかい?」「そうよ。」
「へっへっへ。そりゃあまあ、美人に褒められて嬉しくねえ男はいませんや。」
「丸めないで。そういうこと言ってるんじゃないの!」「へえ。すいやせん。」

「すいやせん、じゃないの。」
「へえ。」とロミは間を置き、「--すいやせん。」
「まあいいいわ。ところで、ね。」「へえ。」

「トキアを私にくれないかしら。」

ボウ星系の使者AIトキアは、鉛玉に詰められたままになっている。
「どうなさるんですかい?」「そろそろ助手が欲しいのよ。」
「ごもっともで。でもAIなら、生成なさりゃあ、よござんしょう?」

自分で生体を生成するレナだ。造作もないだろうとロミは思った。
「出来なくはないけど、出来ないのよ。」「そりゃまあどうして。」
「私ねえ、生成のしすぎで、自我エゴがもうボロボロなのよ。」「…。」
展覧9

ボドのように理屈をはっきり理解していたわけではないが、ロミもイチゴーの複製が出来なかったように、生成がエゴを傷つけると自覚している。この宇宙に転移して以降、ひたすら生成を続けたロミ。ある日、出来なくなっていた。レナもまた。

(この、気丈なおひとがねい。)

「あなたたちの前で生成して見せたの、あれ、びっくりさせるための渾身の演技だったわ。見せる、って本当に疲れる。あれであなたたちが、なーんだ、と感心もしなかったら、がっかりして死んじゃってたかもね。」

ウサちゃんは、寂しいと死んでしまうと誰かが言った。そうでもないと動物学者は言うが、人間の場合は、寂しくて死んでしまう者は結構出る。子供がかまって貰いたがるように、人はかまってくれる人を、本能的に求める動物らしい。

レナは悪徳科学者としてさんざん世間にかまわれた後、天才科学者としてやはりさんざんかまわれた。いずれも飛び抜けた才能のなせる技だが、技のない者が想像するほど、技は心を満たしてくれないのかも知れない。可哀想なレナ博士。

「…助手の話、あたしゃあ、かまいません。先生方に、相談してみて下せえ。」

後書き


姜小白=名臣管仲に支えられ、春秋の覇者となった、斉の桓公でごぜえやす。お耳汚しでござんした。

ガマの作業服姿は、データが♂でやす。
展覧10
性別を変えないと、角度によっては胸が大きくなりすぎやす。子供に見えやせん。超人だろうと子供は甘やかされていい、という作品世界の前提が崩れやす。
代わりに顔が凛々しくなってしまいやすが、まあこの姿で彼氏に逢いに行く女性は、居ないでしょうからねい。

木星突入に関する物理計算には、こちらのサイトのお世話になりやした。この場を借りて御礼申し上げやす。
http://keisan.casio.jp/exec/system/1277092765

作者九去堂敬白。

参考動画




御礼


ありがとうございました。私はあなたを忘れません。
魔法陣拝借:
koht_mi
桃の花拝借:
びすこってぃ@http://www.ashinari.com/
タヌキ・猟師拝借:
http://www.irasutoya.com/


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