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SF『クワント(КВАНТ)』


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◎  8.進化編/75.通貨 

 

ついに、セレスに貨幣、のようなものが出現した。
75通貨 (1)

きっかけはお針子に義務づけられた、監視機構との常時リンク。互いにやりとりしている相手の、’ほがらか’と’恐れ’の感情が、電圧に換算して記録されている。目の前であれメールであれ、(この人楽しい/怖い)という感情。

ただし相互のやりとり値なので、放送という一方通行で喜ばせた場合は、別に記録される。3人の努力のかいあって、彼女たちの’ほがらか付与値’はどんどん溜まっていった。ただし時間の経過と共に、この数値は減衰するよう、計算されている。

つまりここ最近、お針子がどれだけ人を喜ばせ、怖がらせたかは、数字という確定の量でわかってしまう。3人の数値は公報サーバで公開されているから、どこまでサディズムから改心したか、セレスの皆にわかってしまう。そして。

「ラオ先生、私にも常時リンクと公開を。」

と言ってきたインテグラが出た。彼女の名は祭日子ナタリア。退役後、新居住区で茶店を開いた。トキアの自宅は独立しているが、集団居住区はいずれもドーム内にあるから、長椅子とテーブルと、定時降雨時の大傘があれば茶店は開ける。

それと簡単な調理器具。守備隊個人装備の人造石油GTLコンロを、彼女は1つ払い下げて貰った。ヤカンやカップはカンテンへ行き、自分で作った。ドームは広く草木の生えた空き地を取っており、そこへワゴンを押してその都度開店。

いや、屋台と言うべきか。茶葉はマーイに頼みに言った所、「まあ、みんなを楽しませたいのね。それなら」と言って多めに貰えた。まだ’店’というのが珍しいだけあって、ぽつぽつとインテグラがやって来てはお茶を飲んでいく。ただし。
75通貨 (2)

「すみませーんお客さん、今日は店じまいです。」

「どうしたの?」
「葉っぱが切れちゃって。」
「ん? じゃあお水を、下さい。」

水をチビチビ飲みつつ、タブレットで何か読んでいるインテグラ。しばらくそうして過ごしたあと、「ありがとう。心地よかったわ、ナタリアちゃん。」と嬉しそうに去っていく。その笑顔も嬉しいが、(これってどれほど?)と知りたくなった。

「う~ん」とこれには大悩みするラオ。実はインテグラたちの感情値は、セレスのいずれかのネットワークに繋がった時に記録される。ただしお針子以外への感情は、ふるいに掛けられ記録されない。

3人の感情値が常時記録されるのと対になって、それで常時リンクになっている。
これはラオでさえそうで、演算量がインテグラとは桁違いに大きいセレスのクワントの喜怒哀楽は、数値にすれば莫大な量になる。

これを演算能力値で割って、インテグラたちの総計と合算されている。

つまりお針子への’投票’では、みな平等。だからナタリアの望みは、実現は簡単。お客の感情を読み取り、記録するだけ。つまりサーバのふるいを、ナタリアにも適用するだけだ。ただ、お客がそれを嫌がりはしないか。

今後例が増えれば、常に感情を監視されることになる。
「いいんじゃないの? それでもお茶を飲みたい、って客しか来なくても。」
と、相談を受けたレナが言った。
75通貨 (3)

「--ナタリア自身を、アクセスポイントにすればいいのよ。」
「はあ。義体が出している、微弱電磁波を読み取るんですね。」
「そうよ。クリスタルぐらいの大きさで出来るんじゃないかしら?」

「--あなたなら作れるでしょ。」

「そりゃそうですが。」
「問題は表示ね。楽しい怖いで、透明なクリスタルの色が変わっていく、っていうのはどうかしら。」

「ああ、かっきりデジタル表示にすると、確かに不気味ですよね。」
「うん。数値を読み取れるようにはしておくけど、その場で見えるのは曖昧にしておかないと。」

「何か思ったら目の前のクリスタルが、ころころ数字変えちゃいやですよね。」
そういうわけで、ラオは屈折率可変の透明な物質を選び、クリスタルを作った。喜ばせると屈折率が上がり、キラキラ光る。

怖がらせると下がり、それが極度に積み重なれば、鉛玉になってしまう。

人は顔に出やすいが、その抽象化した象徴。
「カーラやワーレがつけたら、どうなるんだろうなあ…。」
と思いつつ、ナタリアにクリスタルを渡すラオ。

だがナタリアは大喜びで、首からペンダントにして下げた。数日すると、ナタリアが珍しいクリスタルを貰ったということで、店へ見物に来る客が出た。
「へーこれが。」

「そうなんです。」
「今は透明の、どってことないクリスタルよね。」
「そうなんです。」

「じゃちょっと、怖がってみようか。」とナタリアの友達。

「えー!」
「実験実験。ナタリアちゃんも、どうなるか知りたいでしょ?」
とナタリアの友達が喜ぶ。

「あ、きらめき出した。」とナタリア。
「あれれ、逆効果かー。」
「やったー! ポイントゲット。」
75通貨 (4)

一日の総計は、ナタリアの個人サーバ領域に記録され、個人ページで確認できる。彼女は毎晩、それを見て喜んだり、ちょっとがっかりしたりした。必然的に、身だしなみは綺麗に! カップは輝ごとく! お茶はおししく! となっていく。

そしてもちろん、にこやかな笑顔。

だがもっと点数を、と考えた彼女は、店のザブトンを変えたくなった。生成きなりのザブトンは機能としては十分だが、これをキルトか何か、もっとおしゃれなものにしたら喜ばれるのではないか。

だが造形にはからきし造詣のないナタリアは、自分でデザインができない。できても(これ、おしゃれなのかしら?)と自信がない。そこでセレスのネット掲示板に、’お願い! 職人さん!’とカキコした。思い立って数値へのリンクも貼った。

しばらくして返信が来る。
「私でよければ。一緒にいれば、こんなに楽しそうなナタリアちゃんなら。ざっと描いたのがこれだけど、どうかしら?」

「--受け取るならナタリアちゃんが喜んだ数値、教えて! ライオン子レオニーダ。」

管制室勤務のレオニーダは、あえて荒れた素材の市松模様で、キルトのデザインを描いて見せた。それから4つほど、ぽつぽつと同じような返信があったのを機に、ナタリアは募集を締め切った。「ありがとうね! セレスのみんな!」
75通貨 (5)

翌日、レオニーダが勤務明けに図書室へ来る。同じくクリスタルを貰って帰った。その他のうち3人もクリスタルを貰った。同様の出来事が他のインテグラにもあって。’お願い掲示板’では、数値リンクを貼るのが珍しくなくなる。

もちろん、クリスタルを貰うのも、リンクを貼るのも個人の自由。だがそうした方が、誰かにお願いを聞いて貰いやすくなる。ナタリアのようにお店を持つインテグラたちは、似顔絵描きであれ大道芸人であれ床屋であれ、クリスタルを持った。

つまり好意の行為が、お返しの好意による代用通貨になった。

***

「うーん。」「うーん。」ラオとレナがうなっている。

「数値は流通の媒介は、してないんですけどね。」とラオ。
「あえて言うなら、ネットが通貨になってるのね。」とレナ。
「金本位制じゃなくて、人格本位制?」

「労働が価格の源泉って、それ勘違いすると計画経済になっちゃうけど。」
「でも事実、そうですからねえ。対価は体で払うしか。」
一方自然=宇宙は対価を要求しないが、勝手気ままに恵み、人を滅ぼしもする。
75通貨 (6)

「--博士、インテグラの欲望って、これで膨らむと思います?」
「欲望が実現されやすくなった、と言う意味ではね。」
「じゃあいずれ恐ろしいことに…。」

「う~ん。」と伸びをするレナ。

「--私にも断言は、出来ないんだけど、ただ楽観的では、ある。」
「へえ。よさげな話ですね。」
「うん。ほら、インテグラってゲノム持ってないでしょ?」「ええ。」

「だから、何が何でも生き延びなきゃ、世代交代して、っていうゲノムの乗り物ではないから、DNA型人間みたいな大騒ぎには、ならないと思うの。」
「あー、なるほど。」

「これは私らクワントも同じでね。」「ええ。」
「AIちゃんたちもゲノム持ってないから、年ごろなのに寡欲でしょ?」
「そうですね。」

「そんでボド先生はああだし、あなたは天下御免の唐変木だし。」

「まあクワントですからね、その気ならずっと生きてますし。」
「ルナでのボド先生大好き騒ぎのように、インテグラはクワントよりは欲があるかな? でもかわいい恋心よね-。うふふ。」

「ナマナマしい話にはならないですもんねえ。」
ここでレナは表情を変えた。「ただ…。」
「ただ?」

「アルファーちゃんだけは、ちょっと違うかも。」「…。」
「ゲノムを欲しがってる。つまり子供を欲しがっている。だからあなたとくっついている。」

「でも…持てないでしょう? ゲノム。」

「それがね-。」とレナは身を起こす。
「--わかんないのよー、私。トロイツカヤで思い知ったわ。何もかもレナ如来の手の平の上、ってわけにはいかないわ。」
75通貨 (7)

「--だってどう考えても、インテグラがエゴ増やせるわけないもの。」
「…そうでしたね。」
「あなたと同じ、私も生まれてこの方、数理! 数理! で生きてきたけど。」

「--行き詰まるとホントに文学的な言葉が、出てきちゃうわね-。」
「なんです?」
「あるようにあり、なるようになる。」

「…確かに。」

「なんだかとっても空しいわ。」
「ええっ!」
何をおっしゃるウサギさん。クワント時代を拓いた偉人は、あなたではないか。

「…物書きにでもなればよかったかもね。」
「まあ仮定の話として伺っておきますが…なに書くんです?」
「そうねえ…ぐっちゃんぐっちゃんのエロ小説とか。」「…。」

「げろんげろんのグロ小説でもいいわ。」
「…むしろ宗教の啓示書でも書きそうですが。」
「ああ、そうかもね。」

「--私は書いたこと無いけど、数学や物理の教科書って、啓示書でしょ?」

「確かに。でも批判するな、信じろ! じゃなくて、批判しろ! そんで書き替えろ! っていう本ですよね。」
「教科書に書ける程度の話じゃ、そうじゃないけどね。」
75通貨 (8)

「ええ。それでソピアが、わかんないって嫌がって…。」
遠く離れたロクデナシ号に、くしゃみが響く。
「私には、なんでわかんないのか、わかんない。」

「ええ。それで博士に、守備隊で講義持って貰うの諦めました。」
「トロイツカヤとか、一番教師にしちゃ、いけない子よねー。」
「まあ博士と同じ、天災ですから。」

「コラ、今なんて言ったの?」

御礼


本・書類拝借:
ComiPoser
ガスコンロ・ざぶとん拝借:
キャベツ鉢@https://bowlroll.net/user/197


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