FC2ブログ
     

SF『クワント(КВАНТ)』


●告知●論語はこちら、紀行文はこちらへ移転しました。

◎  スポンサー広告/スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

◎  9.漂流編/86.文化 

 

時はややさかのぼる。

光速艇で離脱したオウラルたちは約100名。率いたのは元司祭ウダガンの一人、レヤーン。同じく電磁波発信源の移動を見た彼女たちは、まずルナを襲い、それを人質に要求を呑ませる作戦だった。本拠地がセレスなら、兵力はルナの方が少ないはず。
86文化 (1)

戦闘に負けるとは、彼女たちは思っていなかった。戦いに負けた事は今までない。技術水準は低かったが、接近戦ならさほど不利にはならない。そこへ自殺も辞さない捨て身の攻撃を集団で掛ければ、高度な文明も敵ではなかった。

どんなに高度な兵器も、扱う人間を制圧してしまえば終わりだから。だから彼女たちは密かに近付き、潜入し、突如襲撃する。姿を隠し義体ごと高速で移動し、封鎖を突破し格闘で制圧する。その技術に関しては、どこにも負けなかった。

ところが。

ルナに接近した所で、族長タフィの声明を聞く。いわく、セレスは我らを受け入れる。医療も供与する。見返りは求めないと言っている、だから攻撃するな、と。追いかけて本船から、個別にオウラルたちからの通信が入る。帰って来て、と。

だが、そうですか、とおめおめ帰れるわけはない。第一、タフィが帰参を許すとも言っていない。記憶力と演算力がDNA型人間に近い彼女たちは、合理よりも名誉を重んじる気質でもある。そもそも信仰対象である族長に逆らったのだ。

と、離脱者の強硬派が叫んだ。戦いこそ我らの名誉。もはやこのような苦難の宇宙に未練はない。成果を省みることなく、ルナに突入すべき、と。それは三日月アイボレク末裔オウラルを支える文化だけに、正面から否定するのは難しい。

首領レヤーンは、それを聞いて表情を変えない。
86文化 (2)

だが内心は困り果てていた。彼女が離反したのは、軍事力を持ちながらそれを使わず、耐え難い漂流を続けさせる族長への不信が理由で、旅が終わり医療が手に入るなら、戦う動機がない。司祭ウダガンAIならではの、高い知性がそう告げる。

しかし彼女が離反者を煽った時、こう言ってしまった。族長はしょせん、よそ者だ。アイボレク本来の心を忘れている。三日月の誇りを取り戻そう、と。言葉の一つ一つにウソはなかったが、今は取り巻く状況が変わってしまった。

彼女の眼前で、オウラルたちが激論している。決断までにあまり時間がない。優柔不断の指導者は追われる運命だし、光速艇には生産機能が乏しく、積んだエネルギーも物資も限られている。いずれどこかに降りなければならない。

だが彼女はため息一つ、つけなかった。

***

♪テテッテ・テテテテテ。

音楽勝手連が奏でる演歌のイントロ。それを乗せた電磁波が、セレスから発射される。管制棟の一室に急遽しつらえられたスタジオでは、中隊長ナガラが悲哀の表情を浮かべてマイクを握っていた。士官だけに、草原の言葉ができるナガラ。

♪あ~の星ぃ~ こ~の星ぃ~乗~り越えぇ~て~。
つ~い~にぃぃ~ 来~たのぉ~ね~ この星ぃ~い、にぃ~。
♪テケ テンテケテンテンテン。
86文化 (3)

「これ、かえって怒らせる事になりません?」と、録音室のゼルタ。
「かもしれないね。」と隣のラオ。
「--だけどそれで、混乱はするだろう。」

♪寄り添い~ たいわ~あ あなたのぉ~ 気持ちぃ~。

ガラスの向こうでは、ナガラがいよいよノって、こぶしを利かせようとしている。
「--どうかすると分裂してくれるかも知れない。」
「確かにやる気は、削がれるでしょうねえ。」

「こっちには戦う気がないのだからね。同じ平面まで降りてきて貰わないと。」
「いいですか、先生?」とアルファーが入ってきた。
「--寄席の原稿が出来上がりました。目を通していただけます?」

「ああ、ご苦労さんアルファー。ソピアの様子はどうだった?」
演歌の歌詞も、寄席の原稿も、草原の言葉でソピアが書き連ねている。
「文学少女に出番が出来た、と最初は喜んでましたけどね。」

「うんよしよし。」

「もうネタが尽きた、と頭を抱えてます。」
「作品たった二つで? 読書が足りないんじゃないの? ははは。」
「あの子も凝り性ですからね。」
86文化 (4)

「確かに。芸術家ってのはそう来なくちゃ。」
「普段使わない言葉でいんを踏ませるとか、オチや駄じゃれ考えるのは大変なんでしょう。」

「そうだろうなあ。でもこういうのは、ソピアにしかできないしね。」
「トロイツカヤがいて良かったです。ソピアが創作に専念できますし。」
「トロイツカヤはどうしてる?」

「ええ、いつも通りえへえへ笑いながら、オシロスコープじぃっと眺めてます。」

「退屈しないといいのだが…飽きるとすぐやめちゃうだろうし…。」
「なんか視線はスコープに向けたまま、右手と左手で、別々の幾何学模様描いて遊んでます。」

「しばらくはそれで辛抱して貰おうか…。」
「ガマのころころ車、寺子屋に運び込んでおきましたよ?」
「いい判断だアルファー!」

「あと、ワーレさんのレシピで、’の’の字キャンディー用意しました。」
「上等上等。あ、そうだ、ソピアだけじゃなくて、大道芸人の彼女、なんか文芸の才能ないものかな?」

「呼んできましょうか? お弁当屋で働いてますけど。」

「ああ頼むよ。あと公報サーバに、演芸要員の募集かけて。」
♪あ~あああ~。 求め~る 癒し~の この扉ぁ~。
ナガラが歌い終わり、コルネがコルネットの独奏を始めようとしている。

その間、ドリーがたどたどしい草原の言葉で、DJを務めている。マキはその間を持たせるためのおしゃべり原稿を書き、言語プログラムにかけて翻訳していた。柳に風。のれんに腕押し。こういう戦い方が、セレス流。

「分かりました。…先生、楽しそうですね?」

***

そのお弁当屋。

86文化 (5)
ナタリアたちは厨房に陣取って、たくさんのおむすびを握っていた。握り終えたらショーユという名の、とてつもなく旨い魔法の調味料をハケで塗り、少し炙る。握ったままのとふたつでセット、それにお香こ一つ付けて紙で包む。

コメはそんなに在庫がないので麦主体のおむすびだが、在庫のある雑穀がいろいろ混じっているので香ばしく、栄養価も高い。さらにミソなる、これも魔法の調味料を染み込ませた干し豆腐が、キューブ状で1個つく。お湯に落とせば味噌汁に。

こんな事もあろうかと、ワーレが考えマーイが備蓄しておいた戦闘糧食だった。おむすびの種はその都度あるものを握るから、「今度は何だろう?」と食べる方にも飽きが来ない。セレスには梅の木が少ないので、一番人気は梅干し。

今はカンピョウを煮染める、ビー玉作りと似顔絵描き。

煮終わったらさっとごま油で炒めてコクを出す。はじめは床屋も握っていたのだが、「こんな時だからこそ、あなたはみんなの髪を切ってあげた方がいい」と言われて、仕事道具を手押し車に乗せ、温泉棟ロビーに店を出していた。

その店に、ちわー、と茶筒型ロボットが、お弁当を届けに来た。小机に置くと次の配達先へ。お弁当来たわよ、と床屋に言うお客。ええ、あなたが終わったら頂くわ、と床屋。普段長髪にしていたお客は、こんな時だからとショートに。

切り終えて、ハケで丁寧に切った髪を落とす床屋。ごめんなさいね、今は髪が洗えないの、と言う。いいのよ、すぐお風呂に行くから。だからセットもいいわ、とお客。ありがとうね、と少し手をかざして、床屋のナタ玉を輝かす。

「あ、塩っぱい。」掃除しておむすびを頬張った床屋は思った。

***

「塩が不足?」と、管制室でインテグラから報告を受けるゼルタ。

「はい、ミソとショーユの在庫が、定数を下回ったと農場のマーイさんが。今醸造を始めないと、すぐに底を付いてしまうそうです。」
「醸造法は大丈夫なの?」

「ええ、工程を仕込んだ醸造機構を、農場の一角に造ってあるそうです。大豆と麦は在庫がありますが、塩が、足りないとか。」
「トンテンを再稼働させるしかないか…。」

鉱業プラント・トンテンも、工業のカンテンも、防衛の手が回らないので現在閉鎖中。海のないセレスでは、塩はちょっと貴重だったりする。地殻もマントルも凍った水が多く、地球ほど豊富に塩化ナトリウムがあるわけではない。

塩素が他の元素と、化合してしまっている。
86文化 (6)

結合力の強力なハロゲンである塩素は、引きはがすのが難しい。単独では腐食性と毒性を持つ事もあり、それ専用に造られたユニットでないと、取り出す事も食塩を作る事も困難。だがセレスの義体にとっても、食塩は必須のミネラル。

普段はふんだんに生産されているから、意識していなかったが、改めて微妙な機構の上で生きている事を知ったゼルタ。公判の際ラオがテロを警戒したのも、もっともだと今さらながらに思った。そして彼女は当直として、管制室を任されている。

「トンテンを、係留解放のまま稼働させます。敵襲の情報は?」
「衛星からも、軌道上のロミ船長からも敵影の報告はありません。」
「なら稼働させる時間はあるわね。誰か行ってくれるかしら?」

「私が行きましょう。」と、今は人型義体に乗ったハチゴー。

「ありがとう。あと二人、誰か付き添ってくれる?」
「はい。」「私が。」と小さく挙手する二人のインテグラ。
ではお願いね、と三人を送り出すと、ゼルタは公報通信を入れた。

「こちら管制室、当直ゼルタ。管制室に欠員3名。応募者は意思表示を。」
しばらくしてポ、ポ、ポ、と応募がホログラム表示される。
先着順に受諾の回答を返すゼルタ。ここまで一切、ラオたちに相談していない。

86文化 (7)
任務中の守備隊員は別だが、したい事で出来る事をし、出来るだけの事をして誰にも非難されないセレス。失敗しても、それをも新たな状況と受け入れ、別の者が出来るだけの事をしてカバーする。責任者は誰、という話にはなりようがない。

(なんという部族だ。戦い方と言い、統制と言い…。)

一部始終を見ていたタフィが、驚いた。
「君たちはこんな風にして、今まで過ごしてきたのか?」
「ええそうです。」とゼルタ。

「--悪意がないなら、先生たちに叱られた事はありません。それは間違っているよ、と諭されたり、指示を守らなくて怒られはしますけど。」
「仕事道具を…。」とサーラに怒られた事を言っているのだろう。

「文化が違うのだな。この先、我らとやっていけるのだろうか。」
「それは私には、わかりません。でも、揺らぎを恐れてはいけない、と教えられています。ですからうまくやっていく最適解は、必ずあるはずです。」

「そうだな…。」と、タフィは量子的なため息をついた。

御礼


ヘルメット拝借:
管理人@ILMA コミPo!データWiki
ヘッドホン・VRゴーグル拝借:
へけもこ@漫画素材BOX
マスケット拝借:
AYNE@漫画素材BOX
紙くず・おむすび拝借:
http://free-illustrations.gatag.net/
冷蔵庫拝借:
うぐいすもち@漫画素材BOX
帽子拝借:
domdom@ILMA コミPo!データWiki
魔法陣拝借:
shizuru2010@漫画素材BOX


関連記事
スポンサーサイト

COMMENT FORM

  • URL:
  • comment:
  • password:

back to PAGETOP

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。