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SF『クワント(КВАНТ)』


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◎  10.合流編/92.平時 

 

レナ博士は、もの言わぬ末裔オウラルのクリスタル多数と共に、セレスに帰った。
92平時 (1)

船長ロミも共に帰った。帰る前、ロミは三日月アイボレク船の修理指示書を詳しく書いて残した。紙にすれば、机にドサリと積み上がる量。修理部品の生産指示も、イチゴ彗星のドックに出してある。これも取り繕いの、応急修理であるには違いないが。

アイボレクと比べた技術力の高さから、やや船は改善されるだろう。指示書のデータ素子を受け取った、アイボレクの副官イェテル。背の高いロミを、じぃと上目遣いで見つめる癖が付いた。あの人と同じようにすれば、もしかして…。

見つめられたロミはたいそう困り、逃げるようにセレスに帰った。それからというもの、イェテルは時折一人でシクシク泣くようになり、仕事が滞る。今度は族長タフィがかなり困り、決め込んでいた楽隠居をやめて働くはめになった。

(全く。どうすれば…いや、どうしようもないのか。)と関係者三人。

レナはセレスに帰ってから、ずっと牧場ドームの生物科学研究所に閉じこもっている。バイオハザードマークの付いた閉鎖室があり、一切のネットワークからも遮断されている。つまりサーバの情報も参照できず、レナは独力で考えねばならない。

クリスタルを一つずつ、光学顕微鏡で観察するレナ。電子線などのエネルギーを与えると、生きているかも知れないクワントを殺してしまうかも。光学機器が宇宙時代になっても、電子機器に取って代わられなかった理由はこういう所にもある。

光学画像の拡大・縮小は、ただ膨れたガラスを何枚か通せばよいわけではない。特重フリントから特軽クラウンまで、様々な成分のガラスをムラ無く泡無く鋳て、チリ紙も通らぬほどの誤差で削って磨いて仕上げなければならない。

だから光学職人の居ないセレスには、ほどほどの性能の顕微鏡しかない。

92平時 (2)
ただし撮像素子と組み合わせて、見やすくはなっている。つまりデジタルズームがかかるわけで、いささかボケた像になる。そのボケから何を読み取るかは、見る者の経験に頼るしかなかった。均質のはずのクリスタルを、指でつまんで回すレナ。

「?」
内部に、かすかなひずみがあるようだ。当てる光の波長を変えてひずみを追っていくと、網目状に広がっているらしい。だが分かったのはそこまで。

「お疲れ様でした博士。」
閉鎖室を出たレナをヴィタが出迎える。
「何か、分かりました?」

「なんにも、分からない。」「…。」

「と言っていいわね。」
ざっとした観察内容を聞くヴィタ。
「さなぎの内部構造と似ていません?」

「いまはのきわの、メッセージでしかないかもよ?」
「と言う事は、そのクワントの記憶と言う事では?」
「うん。でも文法プロトコルが分からないから意味が分からない。」
92平時 (3)

「編み目の3次元座標に、何か意味があるかも…。」
「計測して統計せよ、ね。ああやれやれ。私一人で解析するのは無理だわ。」
「閉鎖室拡張して孤立スタンドアローンのスパコン置いたらどうでしょう?」

「それで間に合うかしら…。」

「私にも手伝わせて貰えませんか? 解析。」
「だめよヴィタ! もしもの事があったら、ラオがどんなになげくか。」
「感染が情報汚染なら、もうあらましを今聞いちゃったわけでしょ? 私。」

「言わば私というフィルターかけてるから大丈夫なだけで、生データにはどんなに危険なコードが入っているか、わからないわ。」
「不思議ですね。ただの01の羅列が、仮死状態にまでしちゃうなんて。」

「そうね。自分も他人も、物も宇宙も、全部01で書かれた仮想だからね。」
「感染する、って言うのも博士の仮想では? やっぱり私にも手伝わせ…。」
そこへ警戒警報が入る。敵襲、と。

「「何よこんな時に!」」

***

時間はややさかのぼる。

ラオは退屈していた。もう自分の手に負えなくなったセレスだが、いちいち何かを言ったりやったりしなくても、AIやインテグラたちが好みに活動して、セレスは回っていく。時折、仲裁や相談に訪れる者は居たが、数はずいぶん、減ってきた。

アイボレクとの一件以来、特にそう。ここ図書室も閑散として、ラオとソピアが居るばかり。彼女も、誰も来ないと言って嘆くような事はなくなり、今はラオから受け継いだ、膨大な記憶の自己解釈中。喜怒哀楽の表情が刻々変わる。
92平時 (4)

その変わりようが面白く、眺めているラオ。中には女性としてのソピアにとり、おぞましい記憶があるかもしれない。どう解釈するかは自由、それを誰かに伝えるかどうかもソピアの判断。ぐえ、先生ってこんな人だったの! と思われようと。

だが、眺めるのにも飽きてきた。

ちょっと出かけるよ、と声を掛け、別に当てもなく居住棟へ向かうラオ。中央ホールに出ると、向こうからトロイツカヤが器用にも、ぽんぽんとゴムまりをつきつつ、歩いてくる。口には’の’の字キャンディー、隣にはスパスカヤ。

「こんにちは、お二人さん。」とラオ。
「こんにちはあ。」「こんにちは、ラオ先生。」
「何してるんだい?」「考え事ぉ~。」

「まりをつきながらかい?」
「うん。手え動かすと考えがはかどるのお。」
「そうか、忙しそうだね。」

「ううん。暇ぁ。」

「そうか…そうだ、それなら私と遊んでくれないかな?」
「うん、いいよう? いいよねえ、スパちゃん。」
「え? …ええ。」

二人をあとに連れて図書室に向かう。トロイツカヤはまりをついている。
「まりつき、好きなんだね。」
「うん。だって面白いもの。」ポムポム…。

「どこが面白いんだい?」
「飛び上がり切って一瞬、止まったように見えるでしょう?」ポムポム…。
「ああそうだね。」

「これえ、止まってるのか、そうでないのか。止まった瞬間、見れないかなあ?」

ポムポム、とゆるい音がする中で、えらく禅問答的なことを言うトロイツカヤ。時間は一続きでなく飛び飛びに過ぎ去っている。(最も小さな細切れ、プランク時間を知ってはいるのだろうが…。)とラオ。知った事を感じたいのだろうか。

だが思考のクロック数刻みは、プランク時間より短くは出来ない。まりの最高地点を静止、と解釈できるだけ。その上トロイツカヤはインテグラで、クロック数を変えられない、はず。だが彼女の事だから、何をやってのけるか分からない。

(ひょっとしてトロイツカヤのエゴ定義は、超えたがる者、かも知れないな。)
AIクワントと違い、定義して成った彼女の自我エゴではないが。そういえば発症してしまったオウラルも、自分を超えようとして沈黙してしまったのだろうか。

図書室に戻ると、ソピアが義体から飛び出し、宙にホログラムを映していた。
92平時 (5)

無数の書籍に魔法陣。それを自分を取り巻くように配置しクルクル回している。「すごいすごい!」と見上げてトロイツカヤが喜ぶ。さすがの彼女もクワントではないから、こういう芸当は出来ない。一方ソピアは情報の解釈にひたっている。

その気分を表現したくなったのか、こういう幻想を見てそのまま映しているのか。
「綺麗だけど降りてきなさい、ソピア。おパンツが見えるといけないから。」
はい、とソピアのクワントが、ホログラムごと床に降りてきた。

「今日は君たちとひとつ、将棋を指してみよう。」とラオ。
「将棋? はあい、えーと今ルール参照してます…終わりましたあ。」
トロイツカヤが、即座にスパコンにアクセスして遊び方を理解し。

「--でも先生、お道具はあ?」

「うん。今はないから、作ってみよう。」
一番の暇つぶしは、手仕事だと思っているラオ。クワントになって久しいのに、今でもこういう身体感覚が残っている。ごそごそロッカーをあさるラオ。

柔らかな合成木材と、刃物や手袋を用意した。トロイツカヤとスパスカヤが、手袋はめて駒へと削る。スパスカヤも建築家志望だけあって、こういう手仕事を楽しそうにやる。だがホログラムを消したソピアは、かたわらで眺めているだけ。

「君も作ったらどうだい? ソピア。手仕事は達成感があるよ?」とラオ。
「でも私、手先が不器用で。ケガも怖いですし。」
「じゃあ削り終わった駒に、字を書いて。」

パッと顔を明るくしたソピアが、どんな字体がいいかと検索し始める。

将棋道具が揃った。駒の表は墨痕淋漓たるソピアの明朝体、裏はラクガキのようなトロイツカヤのミミズ文字。さあ始めようか、とラオはトロイツカヤと対局する。「私のエゴは、3本だけ起こしておくからね」と、演算力のハンディを埋める。

先にトロイツカヤが歩を一歩進める。「パチ。」
「パチ。」「パチ。」「パチ。」「パチ。」あっという間に棋譜が進んでしまう。
「パ。」「パ。」「パ。」「パ。」「パ。」「パ。」「パ。」「パ。」

「パパパパパパパパ…。」
ものの3分で終局場面。突然指す音が止まった。
考え込んでいるのは、ラオ。

「じゅうびょおぉ~~。」
92平時 (6)

ソピアが面白がり、横で間の抜けた声を出す。別に持ち時間は定めていないが。
「うーん、うーん」と、考え込んでいるラオ。
「--負けました。」

「うわあい、勝ったあ。」と喜ぶトロイツカヤ。
「おめでとう! では今度は、スパスカヤと指してみよう。」「はい。」
エゴ1本だけであとは寝かせるラオ。

今度も先はスパスカヤ。ただし互いに、ゆっくりと考えながら指していく。
ソピアは逆対局時計をホログラムに映し、考慮時間を積算し始める。
30分ほどそうして遊ぶ。攻防が一進一退で、見ている者には面白い。

今度はラオが辛勝した。

「すごいね、二人とも。」とラオ。
「えへへえ。」とトロイツカヤ。
「その…エゴを寝かせておくとか、トロイツカヤは出来るのかい?」

「う~ん。よく分かんない。勝手に寝たり起きたりしているみたい。」
「ちょっとやってみてくれないかな? 1本だけとか。」
「ん~、できるかな~。」

エゴを無意識で活動させているトロイツカヤ。言わば勝手に遊ばせている。もっとも、ともすれば3本とも、寝てしまうのではあるのだが…。
そこへ警報が入った。敵襲、と。

「「「も~、こんな時に!」」」

御礼


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